ドラゴンの瞳7

例えばカサ・バトリョの階段を計っていて随分と使いやすくなっていたことに気がついたが、じつはこの階段についてのエピソードとし「ガウディ自ら2度以上も階段を往復することでその手すりや階段の使いやすさを検討したこと」も述べられていることがわかった。
しかもガウディの残した日誌と彼らの話を照合することでガウディの性格を表す共通点が見えてくる。それが客観性のある彼の性格になるのではないだろうかと思いはじめた。

作家の性格が作品に演出されている例としてガウディの言葉を借りる。例えばベルゴスとの会話で地中海の卓越さについて「我々の力と美しい形の卓越性は感性と理論の均衡にある。北の人種は感性に固執して窒息する。南の人種は色の過剰に目が眩み理屈を無視して化け物を作る。」、他にもセサール・マルティネールとの会話で美的感性による鼓動の影響について「地中海に面した国の人々は北欧の人々より強烈に美を感じ、彼等自身も感じている。北欧の人々は思考力よりも富を愛す。 彼等は芸術作品を自分達のものにするために貧しく暮らしている作家達が通常に受けることのない巨額の富を支払い、その作品を大きな博物館に納める。これらの作家達は大半が地中海の人々で:エジプト人、ギリシャ人、イタリア人、スペイン人であった。その富を持つ事で北欧人は誇りに思っている。
私達が容易に理解できる創造的な生活は、お金よりも価値がある。北欧人はその創造性に欠けている。生活観は作品に反映させなければならない、そこで私達の姿勢を反映させなければならない。」と北と南の人々の生活環境の違いを考察している。それは地域の「光」による見方の違いを示しての事であり、光が豊富で気候も温暖な南の人々はアートに優れていることを仄めかしている。

サグラダ・ファミリア教会の模型職人であり彫刻家であったホワン・マタマラは、彼の父ジョレンツ・マタマラの代から直接ガウディと一緒に仕事を続け、しかもガウディの身の周りの面倒まで見ていた人である。
他にガウディ成熟期の作品カサ・バトリョ、カサ・ミラ、グエル公園等の工事現場を請け負った業者ホセ・バイヨ・フォンの声をまとめたインタービューの記録も残っている。その中で、カサ・バトリョの建設で隣のプ−チ・カダファルクによるカサ・アマジェの家を醜くしないようにする為の配慮をする。つまりその階段状破風の仕上げに対してガウディは「隣の作ったものを台無しにしてはならない」と言っていた。今まで見えていなかったガウディによる周囲への配慮と建築活動の一面が露出されている言葉である。